のらねこ生活  記録本部

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【鬼徹】未来は大切なものの犠牲で成り立つ

神獣が見る夢は良くも悪くも必ず現実になる。
だが、一定期間でなるわけではなくその夢を見た翌日に現実になったり、1年…10年先になることもある。

その日も神獣は夢を見ていた。
序盤は神獣が営んでいる漢方薬局がメインだった。

いつもと変わらずに、英雄だった弟子と一緒に薬を作り、地獄の補佐官の鬼神に罵られ殴られ。
弟子にはいつも冷たく冷静なツッコミを入れられ、鬼神に至ってはあっただけで殴る。蹴る。罵る。
しまいには店まで壊していく。辛いかと聞かれたらもちろん応である。
だがこの関係をやめたいかと聞かれたら…たぶん否であるだろう。
それほどにこの神獣にとって何気ない日々は大切だった。

そして夢は中盤へと変化する。
場所は地獄だった。

地獄には配達や花街などいろいろな事情で来ることはある。
だが今神獣が立っているのはあの鬼神が勤めている閻魔殿だった。
誰も神獣には構わない。構うほどの余裕がない。
それほど獄卒が走り回っていた。

辺りを見回すと大きな玉座に座っている地獄を収める大王とその横で獄卒に指示を出しながら手元の書類を一生懸命になって終わらせようとしている鬼神の姿が見えた。
どちらも珍しく焦っていた。普段の温厚さがなかったかのように大声を張り上げる大王に、冷徹で無表情な鬼神が額に汗をかき不安と絶望と焦りが混じった表情をしていた。

何があったのか聞きたかったが、今の神獣はまるで幽霊になったかのように透けていて声すら届かぬようだった。
これが夢だという自覚があったからなのかどうなのかは分からないが、神獣は邪魔にならないところで大王や鬼神が出す指示を聞いていた。
「鬼灯様!そろそろ臨時の『隊』が崩壊しそうです!増援を願いたいのですが…!」
「鬼灯様!怪我人が大量に出ています!重傷者も何人か出てきてしまっています…どうしましょう!」
獄卒たちに詰め寄られる鬼神は急がしながらもしっかりと頭の中で整理しているのかすらすらと的確な指示が出てきていた。
「手当をしている獄卒のなかから戦場に駆けつけてもいいという獄卒を選んで増援に向かわせてください。私もこの書類がひと段落ついたら必ず向かいます。それと怪我人の件ですが…これは地獄のことなので申し訳ないですが白澤さんのところに交渉してみます。なのでそれまで持ちこたえてください。無理そうでしたら私が…」
「鬼灯君!君は無理をしすぎだよ。少し休まなくちゃ…」
「そんなこと言ってられません!いったい何人の獄卒の方たちを巻き込めばいいと思ってるんですか!元凶は私ですよ!!」
「分かっているけど君が倒れたらだれが指揮をするんだい?誰も君の代わりなんて…」
なにやら大変なことになっているらしい。
隊?戦場?怪我人?僕…?
神獣も自分の名前が出てきたあたりから簡単にはいかない状況になっているらしいと悟った。

そこで舞台は終盤に変わる。
場所はきっと先ほどいたところから一歩も動いていないのだろう。
だが、周りの景色が変わりすぎていた。

周りには閻魔殿のものだと思われる瓦礫。そしてたくさんのモノ。
何より目に入るのは赤い赤い何か。
この赤いものが何かと問われれば答えることができるであろう。
だが神獣には理解できなかった。
燃え盛る地獄と倒れている亡者と獄卒の体。
死んではいないのだろう。なぜなら皆すでに死んでいるから。
だが死ねない者たちにとっての死は「瀕死状態」であることを神獣も知っている。
そしてここに倒れている者たちの大半がその「瀕死状態」なのであろう。
動けなければいつまでも亡骸と同じ。そして、周りの者たちにとって一番怖いことであった。

神獣は探していた。無意識のうちに捜していた。
この地獄を今までずっとまとめていた黒い服をまとった鬼と、その鬼が守りに守り抜こうとした地獄をこんな有様にした相手のことを。
夢だとわかっていた。それでも探さなくてはならなかった。
それに夢なのであれば後者のほうを特に見つけたかった。もしかしたら前者のほうを見つけたくなかったのかもしれない。

そして神獣は見つけた。
黒い服がところどころ破れ、皮膚は傷つき、ぼろぼろになった鬼を。
神獣は思った。きっとあいつのことだ。地獄はこんなになってしまったけれど。亡者や獄卒もこんなになってしまったけれど。相手をずたぼろにして疲れて寝てしまってるだけなんだ。きっとそうだ。
そうでなければいけないのだ。神獣の精神的にも。この鬼のためにも。
この鬼が負けるはずがない。それが地獄や天国の考えだった。
そしてその考えを覆したことはなかった。それほどに強かったのだ。
だからこんなところで寝ていていいわけない。地獄がこんなになってしまったら、きっとこの鬼は我先にと復興に取り掛かるのだろう。
そのときは手を貸してやるつもりだ。だからはやく目を覚ませ。
だが覚めたのは神獣のほうだった。

 


「はぁはぁはぁ…」
ひどく息が上がっていて体中汗でびっしょり濡れていた。
白澤は夢を見ていた。その夢の映像がまだ頭の中に残っている。
落ち着いて周りを見回していたら、先ほどまで頭の中にあった酷く嫌な夢の内容がするりと抜け落ちていた。
白澤が見る夢はかならず現実になる。そして白澤はそれを見ているので未来を変えることもできる。
だが白澤はそれを面白いと思わなかった。自分だけ未来が分かるなんてそんな不公平な真似をしてくなかった。

そこで白澤が考えたのは術をかけることだった。自分自身に。
その術は簡単に言ってしまえば夢の内容を忘れる術だった。
未来が分かる夢など見たくはない。だが見てしまうのだからしょうがない。
そこで術をかけた。それも一から研究し、作り出して。
だけれども雰囲気は残ってしまう。だからその夢が現実になった時わかってしまうのだった。
「あぁ、この前見た夢は今起こっていることか」と。
それに、一つ夢を見るとそれが現実になるまで別の夢を見られないのだ。
その二つのことで白澤はなんとなく察してしまう。
ただいい夢なら二度おいしいということで覚えておきたい…とは思うものの術をとこうとは思わないのだった。

目が覚めたとき、店を開けるには遅い時間だったのだけれど、やはりあの夢を見た後では仕事が出来なさそうだった。
それでも最後の最後まで頑張ろうとぼーっとしていたら、ドアから弟子である桃タローが顔をのぞかせた。
「白澤様大丈夫ですか…?うなされていたようでしたけど…」
「あれっ?そんなにひどくうなされてた?」
「はい…目が覚めてとりあえず朝食つくろうと台所に立った時普通に聞こえるほどには…」
「うっわ~なにそれかっこ悪…」
「一応起こしたんですけど目が覚めないようだったので…」
「あーごめんね~桃タロー君。僕夢を見たら終わるまで目が覚めないみたいで…」
「そうだったんですか!あっあと、今日は店休みにしましょうか?」
「そうだね…こんな頭じゃいろいろ働かなさそうだからそうするよ…」
「じゃあ一応朝食つくったんで食べますか?」
「謝謝~桃タロー君もすっかりお母さんだね~」
「まだここにきて日数少ないのに上司がダメすぎるとこうなるんですよ…」
「桃タロー君がしっかりしてくれて僕本当に嬉しいよ~」
噛みあってるのかかみ合ってないのか分からない会話をしながら笑いあう師弟。

そして桃タローの作った朝食を食べながらたわいのない会話をしているとすっと入り口が開いた。
閉店と出しているのに店に入ってくるのは一人しかいなかった。
「あのさぁ…今日は休みなんだけど…薬の納期までまだ時間あるよね!?」
「えぇ、まあ。そこの看板見て今日休みなのはわかってますよ。」
「じゃあなんで入ってくるんだお前は!!」
「薬が急に必要になったんですよ。まあ普通は締め切りの三日くらい前までには出来上がってますよね…今回頼んだのは出来立てじゃなくていいやつなんですから…」
そういって金棒をぱんぱんやる地獄の鬼を見ていると自然と口から「鬼かよ…」とこぼれ出てしまう。
「鬼ですが?」
「そういうと思ったよ!!知ってるよそう答えることくらい!!」
「はぁ…ていうか休みにするんですから何事かと思ったら元気じゃないですか。また花街にでも遊びに行くんでしょう?」
「あっ鬼灯さん…今日白澤様は一応どこにも行きませんよ。」
「そうなんですか?それはまたどうして?」
「白澤様悪い夢を見たらしく今日は仕事にならないんですよ…」
「なるほど…桃太郎さんが言うんですから本当なんでしょうね…」
「僕のことも少しは信じろよ!!!」
「信じられるようなことをしていないのはあなたでしょう。」
「確かに白澤様のいつもの行動じゃ…」
「…それは確かにそうだけど…ていうか桃タロー君もひどいよ~こんなやつなんかの味方に回ってー」
あれっ?これ確かどこかで…
白澤を襲った既視感は何か悪いことのようで胸が騒いだ。
そしてその既視感のせいかいつもなら言えないようなことが無意識に口からこぼれていた。
「鬼灯は何処にもいかないよね?」
言ってからしまったときがついた。いつもなら言う前に理性がストッパーをかけているのに今日は何かとうまくいかない。
「はぁ?何を馬鹿なこと言ってるんですか?私はずっと日本の地獄から離れませんよ。仕事も毎日たくさんあるんですから。どこかに行けるほど暇じゃないんですよ。」
「…だよね。ハハハ、ごめん。」
「…らしくないですね。夢のせいだとかいうんだったら気持ち悪いですが、先ほども言った通り私は何処にもいきませんよ。日本の地獄からも離れませんし、あなたを置いてどこかになんていけませんよ。」
失敗したとばかりに思っていて、うまく地獄の鬼神の顔が見られなかったはずなのに、今の言葉を聞いて目の前にいる鬼の顔を凝視した。
「それどういう…」
「だってあなたを置いていったらいろいろ大変なことになるでしょう。地獄で頼んだ薬は納期までに届かず。そしてその店主は花街で火遊びをしている。今と同じかもしれませんが私があなたを抑えなかったら地獄も天国も大変なことになるに決まってますよ。」
普通にわかる結果だった。なのに心の中で舞い踊ったこの気持ちが分からずに反射的に聞いてしまった。
「白澤様、本当に鬼灯さんに信頼されてないんっすね…上司として何か情けなく感じましたよ…」
「ひどいよ~桃タロー君まで!僕の味方は!?誰もいないの?」
なんとなくさっき感じた嫌な感じと、心の中で舞い踊った気持ちを理解したくなくていつも通りに接してみた。
だけれどもやっぱり嫌な感じだけは拭い取れなかった。

「それで。薬はどうなるんでしょうか…」
「っ…だから…今日は無理なので…その…明日まで待ってください。」
綺麗に九十度上半身を折って鬼神に頼み込む。
「…明日の3:00に取りに来ます。それまでに終わってなかったら代金は払わないので。」
「ちょっ…それはないでしょ!!ひどいよ~そっちの都合で早くなってるのに~」
「今回頼んだのはそう難しくないし時間はあまりかからないでしょう?あなたなら朝飯前のはずですよ。」
「ちゃんと3:00までにできたら代金はちゃんと払えよ!!」
「分かってますよ。それでは仕事なので帰ります。」
「早く帰れ帰れ!あーまったく…なんなんだよあいつ…」
「五月蠅いですよ豚。それでは失礼いたします。」
壊さなかったもののガンッと派手な音を立てて閉められたドアはいったい何代目か計り知れない。
なぜだかさっきの言葉を聞いたあたりから鬼神の顔を直視できなかった。胸がどきどきする。
「というか明日の3:00ってまさか午前じゃないですよね…」
その一言で現実に引き戻された。
「あっ…聞くの忘れた…やばい…怖い…」
「俺確認しておきますよ一応…」
「うん。お願いね…」
そして、その明日の3:00がやってくることはなかった。

 


夢を見た翌日に現実になるなんて今まで生きてきた年数が多いのだからそれなりにあった。
それなのにあの夢はまだ先のことだろうと思っていたからびっくりした。
そして同時に胸に込み上げてくるのは絶望と胸を切り裂くような冷たい空気だった。
夢の結末は覚えていない。だが、いい夢だというのは絶対にない。
そしてその夢の結末が見えてきたのは午後4:00を回ったあたりからだった。

桃タロー君があの後あいつに電話して確認を取ったところ
「私もそんな午前中に行けるほどの暇はもっていませんよ。午後の3:00に向かいます。」
とのことだったらしい。ほっと息をついた束の間、薬の材料がほぼないことに気が付いた。
桃タロー君にそのことを言うと「それくらいはできるでしょう。手伝いますからほら行きますよ。」と言われた。
手伝ってほしいから行ったわけではなかったのだけれども、彼に行ったら手伝うというとわかって言ったのだから手伝ってほしかったのかもしれない。

そして何も危なげなく材料を取り終わり、店に戻ると気分が少し良くなっていた。
「気分がよくなってきたし作っちゃおうかな…」
「一応休んでおいた方がいいと思いますよ。明日午後まででいいと言われたんですし。」
「そうだね…まぁただ寝てるだけってのもつまらないから桃タロー君お話ししようか!」
「はぁ…?こんな男と話してて楽しんですか?」
「いや?可愛い女のことのほうがいいに決まってるじゃーん!でもなんか今日は桃タロー君がいいの。」
「あなたが言うと意味深にしか聞こえないですがまあいいですよ。どうせ俺も今日は暇なんですし。」
「ほんとに~?じゃあ何話そうか!」
「話す話題きめてなかったんかいっ!!じゃあ…そうですね。白澤様が良ければですが漢方について少しでいいので教えてもらっていいですか?」
「そんなんでいいの~?僕はもちろんいいけどさ!勉強熱心だね~!」
「少しでも自分で作れる薬の種類を増やしたいので…。白澤様にあまり任せないように…」
桃タロー君にそう言われるとなんだか悲しくなってくる。

そうして桃タロー君に漢方のことを教えていたらあっという間に時間が過ぎていた。
「もう暗いですね…夕食をとって後は寝てください。」
「そうだね。とりあえず今日で桃タロー君も少しは成長したしね!」
「そうですね。本当に有難う御座います。夕食つくるのでもう少し待っていてください。」
「了解~」
明日は桃タロー君がいつもの時間に起こしに来て、真っ先に「鬼灯さんの薬を作ってください」なんていうんだろうな。
それで僕はしぶしぶ作って、3:00ぴったりにあいつが来て。
「今日はしっかり時間までにできてるぞ!」なんて言ってもあいつきっと「当たり前です。」なんて言って褒めてくれないんだろうな~あっでも代金はしっかり払ってもらえるよね…
夕食を待っている間明日のことを思い描いていた。
そして桃タロー君の作った夕食を食べ、そのまま眠りについた。

翌日。予想通りの朝がやってきた。
いつもの時間に桃タロー君の声がかかり。
昨日予想した通りの言葉がかかった。
苦笑しながらもしっかりと作る自分がここにいて。
未来など見えなくても予想ができるのだ。それだけで楽しい。
そして予想が外れたときは残念に思うし、さらにそれを材料に新たな予想ルートができてそれはそれでまた楽しい。
今日はあいつ、どうやって入ってくるだろうか…昨日はきっと閉店の看板を見て普通にあけたんだろうけど、今日はまたドアが使い物にならなくなるのだろうか…そろそろ弁償してもらってもいい気がする。
それとも素直にあけてくれるだろうか…それはないな…

だがその予想はすべて違っていた。
何より今の時間は3:50分。
50分もあいつが遅刻する訳がない。
ここでもまたあの嫌な感じが蒸し帰ってきた。
「鬼灯様遅いですね…」
「うん…もう花街言っていいよね僕?」
「後で殴られますよ。」
しぶしぶ15分くらい待ったあたりだろうか。
電話が鳴った。
「なんなんだよあいつ!一時間も遅れてから電話とかなんなの!!」
「いや…鬼灯様からとは限られてませんから…」
そういう桃タロー君の声も無視して僕は電話を取った。
「お前何してるんだよ早く取りに…」
「申し訳ありません白澤さん。あなたに頼みがあります。」
「頼み…?」
「本当は天国…それも中国という関係のないあなたを巻き込むのはあまり良しとしないのですがあなたしか頼れる人がいないのでお願いします。今すぐ地獄に来ていただけませんか?」
「え?いきなり何なの!説明してよ…」
「時間がないんです!早くしないと…無理ならもちろん大丈夫です。」
珍しく焦った声を出す鬼神に絶望が見えてきた。夢でもたしかこんなに焦っていなかっただろうか…
「分かった。桃タロー君は?」
「念のため連れてきていただけると嬉しいです。」
「今すぐ行く。」
そういって電話を切ると、手が震えていた。
「桃タロー君。今すぐ手当の道具を持って地獄に行くよ。」
「…はい。」
聞きたい様子だったけれど電話の感じからして僕もあまり知らないということを察したのだろう。
それとなぜ手当の道具といったのだろうか。やはり夢の関係かもしれない。
そして、準備のできた桃タロー君を乗せて、地獄に向かった。
その間ずっと動悸が激しくて、手も震えていて、じんわりと汗もかいていた。
怖いと思った。

 

 


地獄について姿を人の形に戻すと獄卒の人たちが飛んできた。
「白澤様っ!こちらです!はやく…」
「進みながらでいいから簡単に今どんな状況なのか説明してくれる?」
「今何者か…たぶん『悪魔』と言われる種族の者たちが地獄に戦争を…」
「戦争!?なんでまた?何かしたの?」
閻魔大王によると鬼灯様がいつも通りあちらの地獄でSっぷりを発揮したらしく、それを見ていた下級の者たちが勝手にこちらに来たそうです…」
「あいつかよ…それで?なんでこんな大がかりなことになってるの?」
「あっちの数が多すぎてこちらの臨時で作った『隊』では抑えきれなくて…」
ずきっと胸が痛んだ。これぞまさに正夢。
分かっていた、こういうこともあるからと自分に術をかけた。なのに今更になって後悔している。
あの時自分がこの夢を見ていたら。あいつが作り上げた大切な地獄は守られたはずなのに。

医務室らしきところに行くと地獄の補佐官はすでにその場所にいた。
「鬼灯様!!仕事は…?」
「あぁ、急ぎのものはすべて終わらせました。なので今から現場に向かおうと…」
「おいお前。なにやってるんだよ!何周り巻き込んでるんだよ。何お前が大切にしていた場所をほかのやつらに取られそうになってるんだよ!!」
「白澤様っ!やめてください!!」
「あのなぁ…」
「申し訳ありませんでした。私の不順な行動で地獄や天国まで巻き込んでしまい本当に申し訳ありません!!こんな私があなた様に願うなどできないかもしれませんがお願いいたします!ここにいる私の勝手な事情に巻き込んでしまった人たちの治療をどうかお願いできないでしょうか!」
「鬼灯様!」
ここで僕が神力を使ってでも敵を追い出すと言えばよかった。ここで僕が地獄を守ると言えばよかった。
この鬼は絶対に嫌がっただろう。それでも無理にすればよかった。
これは僕の気持ちが生半可だったのがいけなかった。
ここまで頭を下げて願った相手に否と言えるわけがなかった。それに、きっと私情で地獄をここまで追い詰めたと思っているのだろうから、自分の手で決着をつけたいはずだった。
「分かった。早く戦場に行け!」
言ってしまった。
「有難う御座います。」
そして地獄の補佐官は行ってしまった。
「ここにいる者たちは?」
「重症のものと動けないものたちです。」
「怪我人は全員ここに?」
「はい。ほとんどここに来ます。」
「それじゃあここの者たちを直したらいったん僕の所有地に飛ばそう。場所が持たないだろう。」
「お願いします!」
「それとあいつは嫌がるかもしれないけどこれ以上地獄が壊れるのを見てはいられないから結界を張るよ。」
「すみません、お願いします。」
「それじゃあちょっとやってくるから頼んだよ!」

夢が現実になるときだんだんと夢の内容を思い出していく。
そして今ちらっと見えたのは跡形もなく消え去った地獄の姿だった。
「間に合えっ…」
獄卒や亡者を守る神力以外をこの結界に費やしたんだから、これを破ってこられるやつらはいないだろう。
「早く治して飛ばさないと。」
僕が頼まれたのはそれだけ。頼まれたことをたまにはしっかり果たして。そんであいつに褒めてもらうんだ。
「だから無事にかえって来いよ馬鹿。」

「馬鹿という方がばかなんですよ。」

じゃりっと音を立てて黒い着物の裾が舞う。
まだ戦える獄卒以外全員撤退させた地獄の補佐官はやはり強かった。
今まで悪戦苦闘だった戦いがあっという間に地獄側が有利に立つくらいには強かった。
だが、強いからと言って攻撃を受けないわけでもない。
獄卒たちは補佐官のように強くはできていない。数発くらっただけで大けがになってしまう。
そのたびに、周りをしっかりと見る補佐官は撤退命令を出していく。
そして残ったのは一人となった。
補佐官が来てから減っていく悪魔たちは多くなったがそれでもざっと百人はいる。
流石に一人で残り百人ほどを相手するのはきつい。
そして体力もだんだん減ってきて一人自分の後ろまで逃してしまった。
地獄に入られる。そう思った瞬間。

ガキーンッ

見えない壁に思いっきりぶつかったのか悪魔が倒れていた。
良く目を見張るとそこには結界のようなものが貼ってあった。
「あのくそ…治療だけ頼んだっつーのに…余計なことしやがって」
しかしその余計なことで救われたのは事実だった。
そしてそれを機に後ろへ逃す悪魔たちが増えていってしまった。
最初は思いっきりぶつかっていき、自爆していた悪魔が多かったが、学習能力というものはあるらしく。
ゆっくりと近づいて結界を壊そうとしている者たちが現れた。
ただ、現れただけだった。
ゆっくりと近づいていくと急に悪魔の行動が遅くなり最後には倒れてしまう。
(なるほど…悪魔たちはあの結界がダメなのか…)
補佐官なりの理由を付けて戦い方を工夫する。
そして相手の数が半分になったあたりで相手側にも変化が起きていた。
だんだん攻撃がぬるくなっていく。
(何があった…)
少しだけ休憩するためにこちらの攻撃も緩くしたその瞬間。

「ガスッ」

「っ…」
補佐官の腕についた歯形は紛れもなく悪魔のものだった。
油断したつもりはなかったのだが攻撃を緩くする瞬間を待っていたようだった。
(あの瞬間にたくさん攻撃していれば…)
だが後悔してももう遅い。
重たい腕を振って悪魔たちを次々に倒していく。
残りが十匹くらいになったところで敵の狙いが『地獄』から『補佐官』に変わるのが分かった。
地獄は最悪壊せなくても、地獄のかなめである補佐官を壊せば日本地獄はどうにかなる。
確かにそうなのだ。今の地獄は補佐官がまわしているようなものであったから。
だが、地獄もそう甘くない。補佐官がいなくなれば地獄中に動揺が走る。そして今より大変なことになる。
だが、今の獄卒はあの『鬼灯』に扱かれた獄卒なのだ。
それに、今まで一番『鬼灯』が扱いたのは閻魔大王だ。閻魔大王はいつもはあんなのでも地獄を収めるトップなのだ。
そう簡単に地獄が廃るはずがない。
きっとこいつらは補佐官を壊してすぐに国に戻るのだろう。
国に戻ってお咎めをもらうかもしれない。もしかしたらよくやったと褒められるかもしれない。
それはどっちでもいい。数が多かったにしろあれだけど数でも苦戦をする相手を国に返すわけにはいかない。
せめて死ぬならこいつらを倒してからにしないと自分は死ねない。
大切な地獄をこんなにして、そしてまたいつ来るかわからない危険におびえなくてはならないなんてそんなことは絶対にしたくない。
相手の目が爛々と光る。
きっとそろそろ来るのだろう。
まだ相手は6匹いる。
もし、相手の技を食らわなければ生きていられるかもしれない。
でもそれでは相手を逃がすことになる。
(閻魔大王、申し訳ありません。最後まであなたにつかえて恩を返すどころか、あなたの大事な地獄をこんなことにしてしまって申し訳ない。)
悔やんでももう遅い。
重い体を起こして、今出せる最大級の力で相手に向かっていく。
「これでっ…終わりだあああ!!」
一匹。また一匹と減っていく。
そして最後の一騎打ちとなった。
逃げ出す様子は…ない。
いまだに爛々とした目は補佐官をとらえて離さない。
(逃げ出すよりまだましだ。)
そして補佐官は、魂が尽きるほどの力を振り絞り標的に向かった。

補佐官の体力が限界だったとしても、一対一だったら鬼灯に勝てる者などいなかった。
あっという間に標的が地に落ちる。
その瞬間、鬼灯もどさっという音を立てて落ちる。
(まだあなたと話していたかった。最後の最後に迷惑をかけてすみませんね。桃太郎さんまで巻き込んじゃって…)
その瞬間神獣が見ていた夢の未来は少しだけ違う形になった。

 


悪魔がすべて消えたと報告があったのは、鬼灯が戦場にかけていって一時間ほどしかたっていなかった。
「終わった…のか…?」
「鬼灯様が…鬼灯様がやったんだ!」
その一声で目を覚ました獄卒や動けるようになった獄卒、亡者までもが喜びの声を上げた。
「白澤君!鬼灯君は…」
声を聴いて振り返ると閻魔大王がそこに立っていた。
閻魔大王一緒じゃなかったんですか?」
「あぁ…彼が…いうこと聞かなくてね。せめて指揮に回ってくれって言われて。指揮してたんだけど急に呼び出されちゃって。」
そういう閻魔大王の顔には微笑みがあった。
あの悪夢から、今までやりたくなかったはずの未来を変えることが。できたというのか。
これであいつに褒めてもらえる。きっとあいつもボロボロだろう。
こんな地獄を見てあいつは心底悔しがって悲しがるだろう。誰もお前のことなんか責めないのに。
最悪補佐官をやめるなんて言い出しそうだ。そんなの絶対に駄目だ。
とりあえず僕がフォローに回ろう。大丈夫だ。お前が大切にしてきた地獄は守られたんだから。

ここに来た時の絶望はすでに消え去っていた。
はやく会いたい。会って治療をしてやりたい。
その一心で駆けていった。
戦場の様子は物凄くむごかった。そこらじゅ悪魔の亡骸ばかり。
そしてその中に鬼灯の姿はなかった。
もしかしたら入れ違いになったのかもしれない。
そう信じたかったのに。
足が震えて、声も出なくて。
ここでしちゃいけない気がしている。
それは、ここには合わないくらいの綺麗な気の持ち主で。
僕ら神様が大好きな気の持ち主で。
その気が今ここにある。その気を持った魂がある。
そしてその魂の持ち主がここにいる。

やっと動いた足であたりを探していると、夢で見た光景と同じ光景が広がっていた。
もちろん地獄は綺麗なままだ。あたりも燃えていない。
真っ赤に染まった亡者も獄卒もいない。
いるのは…黒い服が破れ、皮膚は傷つき、ぼろぼろになった鬼がいる。
「ほお…ずき?」
きっと死んではいない。いや、死ねないから死んではいない。
だがきっとこれは。何年たっても目を覚まさない「瀕死状態」だった。
理解はできた。納得はできない。したくもない。
「鬼灯…鬼灯…お前、僕を置いてどっかになんか行かないって言ったじゃん!あれ嘘だったの?嘘ついたら地獄に落ちるよ!?ねぇ鬼灯!目を覚ましてよ!」
そうだ。ここでこの前目が覚めたんだ。もしかしたらまた目が覚めるじゃないか!
そう思い、思いっきりつねってみた。できる限りの痛さで殴っても見た。
なのにまだ目が覚めない。
「おかしいな…なんで目が覚めないの…鬼灯の痛みじゃないとだめなの…?」
分かってる。だけどやめられない。やめた瞬間鬼灯が消えちゃうんじゃないかと思うと怖くてしょうがなかった。
「鬼灯…地獄からも離れないって言ったじゃん…僕が天国に連れて行っちゃうよ?」
そういって鬼灯に触れようとした。しかし触れられなかった。
よく見ると右腕に噛みあとがついてる。
「っ…悪魔にかじられてる…これじゃあ触れられないじゃないか…」
「お前…本当に地獄が好きなんだね。僕なんかよりずっと。だって悪魔にかみつかれたら誰も触れられないよ。悪魔以外。なんで地獄から離れられないようにしてるんだよ。僕から離れられないようにしろよ。」

返事をしろよ、鬼灯…